オーロラの下で道人会結成
恒例のウィスラーでの
スキー・バケーションを
充分エンジョイしたのち
イエローナイフに足を伸ばし、
バンクーバーから北北東に2時間半、
北緯62度の雪原にある裸の飛行場に到着した。
小さなジェット旅客機のタラップを降りたとたん零下23度。
たいがい、この瞬間に度肝を抜かれるそうで、
寒いというよりは露出している顔が痛いといったほうが正確な表現でしょう。
空港ロビーまでの数十メートルを歩くために、機内ですっかり重装備の上、
いざ進撃の態で、降機する様子も、北極圏ならではの光景なのでしょう。
さて、イエローナイフに向かったのは、この地が世界で最もオーロラを観る
確率の高いところで、しかもバンクーバーから近いという理由。
ウィスラーからの帰路立ち寄っていこうということなのだが、実は十年前に
一日だけ、しかも夕方遅く着いて、早朝に飛び立ったことがあった。
北極圏で、カナダ政府の許可を得て、北極熊を射獲するため、
バフィン島の北端にあるアークティック・ベイに貨物機に乗って
モントリオール空港から向かっていたが、
上空についてから、ブリザードが強く着陸できず、西に4時間程飛んで、
イエローナイフに緊急避難したことがあった。
その時、ホテルはオーロラ観光客が多勢いて、
オーロラのメッカなのだと知ったのである。
北極圏を犬橇で三週間も走り回ったが、オーロラに出会うこともなく、
オーロラの話すらなかったことを記憶している。
オーロラというのは、磁場の関係で北緯62度辺りが一番出現する確率が
高いのだそうで、しかもどこでも出現する訳ではなく、
北緯62度辺りの地球上のいくつかのスポットで出現の確率が高く、
その代表格がイエローナイフといえるのでしょう。
結論からいうと、三日滞在して三日ともオーロラを観ることができ、
大満足でした。
「観る」といっても室内から見るのではなく、屋外で、零下35度、
寒い時には零下50度になる寒冷下で、じっとオーロラ出現を待つ、
というのがスタイルである。
勿論、防寒コート、防寒ズボン、防寒靴、防寒手袋の五点セットは、
旅行社が用意してくれている。
夜8時半頃、ホテルにオーロラ・ビレッジ行きのバスがピックアップにくる。
30分程で観察スポットに着き、インディアンのテントハウス、
ティッピーに適当なグループに分けられ、拠点が決まる。
そこを拠点に屋外に出てオーロラの出現を待つというスタイルである。
勿論、ティッピーは大小あるけれど、大きな薪ストーブが赤々と燃えている。
だが、テント内が暖かいというものでなく、寒くなったら
ティッピーに戻ってストーブで暖をとるといったほうがよいかもしれない。
この観察時間は真夜中の0時半頃まで続き、1時にはまたバスでホテルに戻る
というパターンだが、
私は幸運にも三日間に渡り、神を感ずるようなオーロラの
素晴らしい舞台場面に酔いしびれ、寒さも忘れること暫暫であった。
と、こんな日々の初日のこと、私は二人の素敵な女性と出逢う偶然があった。
何故このように誇張するかというと、この二人の女性が
私と同じ北海道の出身で、かつ美人であるからである。
この女性は共に文科省から日本文化と日本語を教えるために、カナダ、
アルバータ州に派遣されている北海道出身の女性で、
アルバータ州のエドモントから来ていた。
一ヶ月前にやはり二人で三日泊まってオーロラ観察に挑戦したが
観れなかったので、再挑戦したというのである。
この二人の女性の一人、吉村優美子さんは北海道の愛国というところで、
もう一人の水谷由美さんは北海道帯広で、
それぞれ英語の教師をしているという。
私は北見出身で、今は別海に別荘があり毎月行っていると話すと、
それでは私たち三人でカナダ道人会を立ち上げましょう
という女性たちの発案で、
神々しいオーロラの下、道人会発足となった。
翌日4時半に集合、発会式ディナーで気炎を上げ、その翌日、
また4時半に集まり最後の晩餐を楽しんだ。
彼女たちは4月にはそれぞれの学校に戻ることになっているという。
そして、この春、私の別海の別荘でカナダ道人会を開く固い約束をして別れた。
またまた私は「運のいい男だな・・・」と呟いてしまった。
こんな北極にきてまで男一人で食事を済ますなど、
野暮なことにならないのだから!
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